西明寺(読み)さいみょうじ(英語表記)Xi-ming-si

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西明寺
さいみょうじ
Xi-ming-si

中国,唐代に長安の延康坊にあった寺。唐の高宗勅願によって顕慶3 (658) 年に開創された。インドの祇園精舎を模したと伝えられ,壮麗をきわめた。玄奘三蔵を監主として高徳学僧 50人を擁した。後代武宗の廃仏令 (845) によって破却された。

西明寺
さいみょうじ

滋賀県甲良町にある天台宗の寺。承和1 (834) 年,仁明天皇の勅願により三修上人が創建したといわれる。金剛輪寺百済寺と並び湖東三山の1つに数えられる名刹であるが,元亀2 (1571) 年,織田信長兵火によって伽藍の多くを焼失した。鎌倉時代に建てられた本堂三重塔戦火を免れ,ともに国宝に指定されている。

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百科事典マイペディアの解説

西明寺【さいみょうじ】

滋賀県犬上郡甲良町にある天台宗の寺。湖東三山の一つ。本尊薬師如来。仁明天皇の勅願により834年創立,大伽藍(がらん)であったと伝えるが,鎌倉時代和様建築の代表作といわれる本堂,三重塔,二天門を残すのみである。これらのほか不動明王と二童子像,清凉寺式釈迦如来立像などを蔵しており,国宝・重要文化財に指定されている。
→関連項目甲良[町]

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デジタル大辞泉プラスの解説

西明寺(さいみょうじ)

滋賀県犬上郡甲良町にある寺院。天台宗。山号は竜応山、本尊は薬師如来。834年、仁明天皇の勅願により創建と伝わる。庭園は国の名勝、本堂と三重塔は国宝に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

さいみょうじ【西明寺 Xī míng sì】

中国,唐の国都長安(陝西省西安市)街西の延康坊にあった高宗の勅建寺。玄奘(げんじよう)の指導の下でインドの祇園精舎の制に模して造立された広壮な寺院であった。658年(顕慶3)に完成するや,道宣を上座にすえて度僧させた。寺内に牡丹の銘木が多かったことでも有名で,〈西明寺牡丹〉といえば,唐一代を通じて最も人口に膾炙(かいしや)した。日本の空海,円載なども入唐してこの寺に宿した。【礪波 護】

さいみょうじ【西明寺】

滋賀県犬上郡甲良町にある天台宗の寺。山号は竜王山。池寺とも呼ばれ,湖東三山の一つ。834年(承和1)仁明天皇の勅願により,三修という僧が創建したと伝える。1571年(元亀2)織田信長の兵火にあい,本堂,三重塔,二天門を除く諸堂を焼失したが,徳川家康が再興して寺領を寄進した。本尊の薬師如来(重要文化財)を安置する7間四方の本堂(国宝)は鎌倉時代の建築とされ,同じく鎌倉時代建立の三重塔(国宝)は高さ11間5尺,内部の壁画が美しく,また八脚門の二天門は室町時代の造建にかかり,重要文化財に指定されている。

さいみょうじ【西明寺】

京都市右京区にある真言宗大覚寺派の寺。山号は槙尾山(まきのおさん)。寺伝には神護寺別院として平安初期に開創されたと伝え,中世末には衰微して神護寺に合併されたが,1602年(慶長7)明忍律師が再興し,現存の本堂以下の堂宇は99年(元禄12)に将軍徳川綱吉の生母桂昌院が寄進したといわれる。寺地は清滝川の清流に臨んで紅葉の名所として,高雄(尾)神護寺や栂尾高山寺とともに洛北三尾(さんび)の名で知られている。

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大辞林 第三版の解説

さいみょうじ【西明寺】

京都市右京区梅ヶ畑槙尾まきのお町にある真言宗大覚寺派の寺。山号、槙尾山。832年空海の高弟智泉の開創。1699年徳川綱吉の母桂昌院が堂舎を寄進。

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事典 日本の地域遺産の解説

西明寺

(滋賀県犬上郡甲良町池寺26)
近江水の宝」指定の地域遺産。

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