下町川村(読み)しもまちがわむら

日本歴史地名大系 「下町川村」の解説

下町川村
しもまちがわむら

[現在地名]勝央町下町川

石生いしう村からたき川支流の岩倉いわくら川を北へ約一〇町上った所に位置する。正保郷帳に村名がみえ、田二四一石余・畑二一石余。なお「勝田郡誌」の記す文禄検地高は上町川村(現奈義町)を含め町川村として七〇八石余(七〇町八反余)。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高七八石余・開高三六石余、村位は下。美作国郡村高并戸数里程事(武家聞伝記)によると延宝(一六七三―八一)頃と考えられる戸数二七(うち才れん一〇・塩す五・池ノ内五・藤戸六・京れん一)、延宝四年からは津山藩主の弟森長俊領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む