下秋生村(読み)しもあきうむら

日本歴史地名大系 「下秋生村」の解説

下秋生村
しもあきうむら

[現在地名]大野市下秋生・本戸(もとど)

真名(まな)川の支流笹生(さそう)川の最上流部に位置する山村。南は蠅帽子(はえぼうし)(拝星・這法師・這星とも記した。また「はいぼうし」「はえぼし」ともよんだ。)峠を越え、美濃国大河原(おおかわら)村(現岐阜県本巣郡根尾村)に通じ、峠下集落として発達した。嘉元四年(一三〇六)の昭慶門院御領目録(竹内文平氏所蔵文書)に「秋宇」とみえ、永享一二年(一四四〇)四月日付の春日社領越前国大野郡小山庄田数諸済等帳(天理図書館蔵)に「下秋宇領家方御年貢事」が記される。

村名は正保郷帳にみえ、畠方のみ一二石。文政六年(一八二三)一〇月の郷中家数人別仕出帳(「越前宗門帳」所収)によれば家数は高持一九・水呑二、人数一一三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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