下竪小路町(読み)しもたてこうじまち

日本歴史地名大系 「下竪小路町」の解説

下竪小路町
しもたてこうじまち

[現在地名]山口市大字下竪小路・大字大殿大路(おおどのおおじ)・堂の前(どうのまえ)町・大市(おおいち)町の各一部

竪小路のうち石原小路(いしはらしようじ)以南、石州街道までをいう。北は上竪小路、南は太刀売(たちうり)小路に続く。

中世期には下竪小路北半の辺りは、東に大内館(大殿御殿)、西に六番丁・七番丁の武家屋敷があった。山口古図によると、石原小路以南、久保小路(くぼしようじ)までを「本丁一丁目・本丁二丁目・本丁下ノ丁」と記し、久保小路のある辺りに惣門が記される。すなわち惣門以北、石原小路までの武家屋敷地が本丁一丁目、同二丁目、同下ノ丁とよばれていたようである。「毛利隆元山口滞留日記」に、隆元が天文七年(一五三八)三月七日「本町家百ばかり焼候」と記したのは、この辺りのことであったかと思われる。

惣門より南が山口古図では「立小路町」で、おそらく町地であった。惣門のすぐ東に「大徳寺」があり、同じく下って東に入る道を「鞍馬小路」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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