下興屋村(読み)しもこうやむら

日本歴史地名大系 「下興屋村」の解説

下興屋村
しもこうやむら

[現在地名]鶴岡市下興屋

上小中かみこなか村の北、大山(八沢)川西岸にあり、北は栃屋とちや村。大山・栃屋・谷地楯やちだて菱津ひしづの各村から入植し開発した村と伝えられる。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録に村名がみえ、高一二九石余。寛永元年庄内高辻帳では高一九〇石余、正保郷帳で田高一七六石余・畑高一四石余、新田がある。天保郷帳には興屋村とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む