下菅沢新田村
しもすげさわしんでんむら
[現在地名]茅野市豊平 下菅沢
東は南大塩村の山寺、南は福沢村に接し、北西部を上川が流れる。福沢村を親村とする新田村であるが、開発の年代は明らかでなく、寛永一四年(一六三七)とも正保四年(一六四七)とも慶安三年(一六五〇)ともいわれるが、草分検地は承応三年(一六五四)に行われている(豊平村誌)。草分人は上桑原村(現諏訪市)の吉川治助で、彼は後に又市と改名したため、初めの頃は又市新田ともよばれた。今も村の北方の御鹿山(現八子ヶ峰の辺り)に又市木場という地名が残っている。
寛文一三年(一六七三)の検地時には四戸があり、高二八・八五二六石であって、新田村の形をなしてきた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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