日本歴史地名大系 「下谷同朋町」の解説 下谷同朋町したやどうぼうまち 東京都:台東区旧下谷区地区下谷同朋町[現在地名]台東区上野(うえの)三丁目下谷長者(したやちようじや)町二丁目の北にある。四方を道路に囲まれた地域で東は御徒組屋敷(仲御徒町二丁目)、西は長者町続上野御家来(ちようじやまちつづきうえのごけらい)屋敷、北は上野町一丁目。正保江戸絵図には「御歩行衆」とあるだけで、寛文新板江戸絵図でも「町」としか記されていない。町名の起りは慶長年間(一五九六―一六一五)に表坊主小谷宗意が一四〇坪余の町屋敷を拝領したことにある(御府内備考)。以後当地は御坊主衆の拝領地になった。沿革図書によれば、延宝年間(一六七三―八一)の図では北から南へ辻番(つじばん)屋敷町屋と正行(しようぎよう)寺・真行(しんぎよう)寺・金性院の三寺が並んでいるが、天和三年(一六八三)の図ではすべて「下谷同朋町拝領町屋」になった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by