瀬川屋敷(読み)せがわやしき

日本歴史地名大系 「瀬川屋敷」の解説

瀬川屋敷
せがわやしき

[現在地名]台東区上野うえの四―六丁目

下谷町二丁目の道を隔てた西にあり、西は東叡山内、南は上野北大門うえのきただいもん町、北は上野元黒門うえのもとくろもん町飛地。文化八年(一八一一)下谷町二丁目から分立。寛永一五年(一六三八)に連歌師瀬川昌佐が三代将軍徳川家光から拝領したと伝える地所。同一八年に瀬川昌佐の子時春は五条ごじよう天神の別当職を兼ねた(文政町方書上)。五条天神の祭神は大己貴命と少彦名命、相殿には菅原道真を祀る。医道の神と尊崇されている京都の五条天神(現京都市下京区)を勧請したもので(寺社備考)、「江戸名所記」によると北条氏康が、菅原道真が一枝梅花を手にして大きな牛に乗り京都の右近の馬場より遊行あり、という霊夢を見て社を創建したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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