下道場村(読み)しもどうじようむら

日本歴史地名大系 「下道場村」の解説

下道場村
しもどうじようむら

[現在地名]日南町上石見(かみいわみ)

高畑(たかはた)山(七七六メートル)の北東麓、西流する石見川上流左岸に位置し、対岸は月瀬(つきぜ)村。南は国境茶屋(ちやや)峠を越えて備中国哲多(てつた)郡高瀬(たかせ)村(現岡山県神郷町)に至る。正保国絵図に下道成村とみえ、下道城などとも記す。拝領高は八四石余、本免は五ツ五分。幕末の六郡郷村生高竈付では生高九〇石余、竈数四。「伯耆志」では林五町一反余、家数五・人数二二、鑪山として道場山があった。藪役六匁が課されていた(日野郡史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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