日本歴史地名大系 「下野城跡」の解説 下野城跡しものじようあと 三重県:四日市市北部地区山城村下野城跡[現在地名]四日市市山城町 源治山下野山(しものやま)城ともいう。朝明(あさけ)川南岸標高五〇メートルの源治(げんじ)山にある。城跡は三岐鉄道により東西に分断されているが、土塁・堀、郭の一部が残る。「三国地志」は江見名氏、「五鈴遺響」は見永藤七郎秀宗の居城とする。宝永八年(一七一一)の山城村指出帳(徳川林政史蔵)には「城主海老名藤左衛門と申候」とある。海老名氏は「太平記」巻三一・同三五に四郎左衛門・信濃守が出、足利尊氏・義証に従う。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by