下金剛寺村(読み)しもこんごうじむら

日本歴史地名大系 「下金剛寺村」の解説

下金剛寺村
しもこんごうじむら

[現在地名]立山町金剛寺

上金剛寺村北東に位置し、東は末上野すえうわの村。村名はかつてあった金剛寺の下に位置したことに由来するという。村の開墾が始まったのは上金剛寺村と同じ時期といわれる(五百石地方郷土史要)。寛永二年(一六二五)の知行所目録(中川家文書)に村名がみえ、当村の一二八石余など都合一千石が津田右京・沢田少二郎の知行地となっている。正保郷帳によれば高三七二石余、田方二一町八反余・畑方三町、新田高二九五石余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高三四九石、免四ツ八歩、小物成は野役八匁(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む