下陰村(読み)しもかげむら

日本歴史地名大系 「下陰村」の解説

下陰村
しもかげむら

[現在地名]豊岡市下陰

中陰村の北に位置する。文化三年(一八〇六)まで中陰村を含めて豊岡藩領下陰村一村であったが、同年村の北半(高二〇四石余)が幕府領となり(下陰村)、南半(高三七七石余)のみ引続き同藩領中陰村として分離(五荘村有文書)。ただし江戸時代末までの郷帳類には中陰村の称はみられず、下陰村一村で高付されている。文化二年までの領主の変遷は小尾崎(こおざき)村に同じ。同三年幕府領となる(「但馬国両代官所支配村々高帳」出石神社蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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