世田米城跡(読み)せたまいじようあと

日本歴史地名大系 「世田米城跡」の解説

世田米城跡
せたまいじようあと

[現在地名]住田町世田米 火石

世田米の中心部、南東の高さ五〇メートルほどの小山にある。山頂に八幡神社が祀られている。下(しも)館または新(しん)城ともよばれ、築城の時期は不明。「仙台領古城書上」によれば城主は浅沼甲斐・同中務。城主について、元禄一一年(一六九八)の「気仙郡古記」は浜田米ヶ崎(はまだよねがさき)城(現陸前高田市)城主浜田(千葉)安房守の一族浅沼甲斐信康・子中務とし、「封内風土記」は葛西家臣阿曾沼(浅沼)甲斐信康とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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