世羅西町(読み)せらにしちよう

日本歴史地名大系 「世羅西町」の解説

世羅西町
せらにしちよう

面積:六八・四二平方キロ

世羅郡西部に位置し、広島県のやや東寄り中央部にある世羅台地の西辺を構成する高原に展開する。北流する江(ごう)の川水系の一つ美波羅(みはら)川が南東から北西に貫流するほか、馬洗(ばせん)川の水源地帯がある。町内の水はすべて日本海に注ぐ。明神(みようじん)山(五九三メートル)・黒川明神(くろかわみようじん)山(五三五・二メートル)・波多古屋(はたごや)山(五五三メートル)および町域南部の山山が五〇〇メートルを超える程度で、標高三五〇―四〇〇メートルの土地が多く、全体としてなだらかな丘陵地帯である。町内で市街地化しているのは小国(おぐに)のみで、住宅は一般に山の南面に立地。古くからの米作地帯で、各河川流域の平坦地に水田が開け、丘陵地も農地化されているが、水源地帯のため水量はあまり多くなく、干害に悩まされ、農業用の溜池を多く有する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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