中大桑町(読み)なかおおくわちよう

日本歴史地名大系 「中大桑町」の解説

中大桑町
なかおおくわちよう

[現在地名]岐阜市中大桑町

上大久和かみおおくわ町の東に位置する東西に延びる両側町。中大久和町とも記される。町北方を長良川南西流し、町西端を南に折れると蜂屋横はちやよこ町。町北は寺地で、西は下大桑町に至る。斎藤道三による城下町建設により成立したとされる(旧岐阜市史)。岐阜町四四町の一で、承応町絵図に町名がみえる。岐阜由緒書(小林文書)では地子免許地反別五反七畝余。「増補岐阜志略」によれば町の長さ八四間余、家数五八。寛文二年(一六六二)頃まで斎藤屋敷や三品甚兵衛屋敷があり、現在真宗大谷派真光しんこう寺・浄安じようあん寺となっている(旧岐阜市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む