中富良野村(読み)なかふらのむら

日本歴史地名大系 「中富良野村」の解説

中富良野村
なかふらのむら

[現在地名]空知郡中富良野町字中富良野・字中富良野伊東農場(なかふらのいとうのうじよう)・字中富良野市街地(なかふらのしがいち)・字中富良野鹿討農場(なかふらのしかうちのうじよう)・字中富良野新田中農場(なかふらのしんたなかのうじよう)・字中富良野田中農場(なかふらのたなかのうじよう)・字中富良野奈江(なかふらのなえ)・字中富良野福原農場(なかふらのふくはらのうじよう)・字中富良野(なかふらの)ベベルイ・字中富良野吉井農場(なかふらのよしいのうじよう)

大正六年(一九一七)から昭和三九年(一九六四)まで存続した空知郡の村。大正六年四月に上富良野村から分村して成立。村域中央部は泥炭湿地であったため、開拓は高位の平坦部や周辺の丘陵地帯から着手された。明治三〇年(一八九七)石川団体と福井団体が西部の西中(にしなか)地区に入植、さらに東側山麓の東九線(ひがしきゆうせん)道路沿いに移住者が入地した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む