中山手奥村(読み)なかやまておくむら

日本歴史地名大系 「中山手奥村」の解説

中山手奥村
なかやまておくむら

[現在地名]旭町なか

東は森上もりあげ山とその峰続きの山々で、そこから流れ出る小谷こたに川の谷筋、その北の吉備高原上、その北を西流する大谷おおたに川の谷筋にある集落からなる。大谷川は大谷で松田まつだ川と合流して友清ともきよ川となる。南は中山手里村、西は奥山手おくやまて村。北の大庭おおば郡境は標高四〇〇―五〇〇メートルの山地で、笹乢ささだわを越えると追分おいわけ(現真庭郡落合町)に出るが、郡境である当免とうめんには長さ一六間の石があり、道祖どうそ岩・またはさかい石ともよび、祠はないが石を神座とするという(作陽誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む