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中島与曾八 なかじま よそはち

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中島与曾八 なかじま-よそはち

1868-1929 明治-大正時代の軍人。
慶応4年2月19日生まれ。明治32年イギリスに留学し機械工学をまなぶ。横須賀・呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)の造機部長,艦政本部第五部長などを歴任艦艇の燃料やエンジンの転換に貢献した。海軍機関中将。昭和4年10月6日死去。62歳。静岡県出身。海軍機関学校卒。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

中島与曾八

没年:昭和4.10.6(1929)
生年:慶応4.2.19(1868.3.12)
明治大正期の海軍軍人。静岡生まれ。明治20(1887)年海軍機関学校卒。25年大機関士となり,翌年軍艦「吉野」回航委員として英国に出張し,帰国後日清戦争に出征。32年6月から2年半英国に留学し機械工学を学ぶ。45年機関少将,呉工廠造機部長を務める。大正4(1915)年工学博士となり,翌年機関中将に進んだ。9年艦政本部第5部(造機部門)長。造機(船体以外の機関や機械)の専門家として艦艇燃料が石炭から石油に,またエンジンのピストンから蒸気タービンへの移行期に即応して,円滑な転換に貢献した。日露戦争後の八八艦隊計画にも参画。

(影山好一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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