中益村(読み)なかますむら

日本歴史地名大系 「中益村」の解説

中益村
なかますむら

[現在地名]嘉穂町中益

大隈おぐま町の南東に位置する。本村久島ぐしま集落がある。下中益村が枝郷であったが、寛文年中(一六六一―七三)に別村になったという(続風土記拾遺)。江戸時代は福岡藩領。小早川時代の指出前之帳では中益村の田四三町七反余(分米四一九石余)・畠六町九反余(分大豆四〇石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高一千七一石余、うち大豆九八石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高五七〇石余、人数一六〇(田圃志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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