中野山越遺跡(読み)なかのやまこしいせき

日本歴史地名大系 「中野山越遺跡」の解説

中野山越遺跡
なかのやまこしいせき

[現在地名]古川町中野

古川町市街地の北西みや川の左岸段丘に位置する。昭和五一年(一九七六)以降四年間にわたり発掘調査が行われた。遺構は縄文時代中期の竪穴住居跡三三基、晩期の住居跡二基、古墳時代住居跡三基のほかに約三〇〇の土壙が検出されている。縄文土器は中期前半の北陸系・信州系深鉢形土器が多く出土し、吊手土器・台付鉢形土器・浅鉢・ミニチュア土器などもみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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