世界各地の先史時代を中心に広くみられる人間をかたどった土製品。乳房や臀部を誇張した女性像が大部分で,男性を表すのはまれである。動物をかたどったものは動物土偶と呼ばれ,素材に石を使ったものは岩偶という。日本における動物土偶は,縄文時代後期から晩期にかけて,おもに東日本でみられ,猪が最も多く発見される。他に犬,猿,熊,ムササビ,亀,ゲンゴロウなどがあり,いずれも食糧などとして生活に密着した動物が選ばれた。
ヨーロッパや西アジアなどの農耕をおもな生業とする新石器時代の社会の中では,土偶は生産や豊かな実りを祈る地母神崇拝のための像であるとする解釈が一般的である。時代が下がると,玩具や死者への副葬品として作られた土偶もある。食糧獲得にあたって女性像を作り,女性が出産することに仮託して豊かな収穫を祈ることは,農耕開始以前の後期旧石器時代にも行われていた。ヨーロッパからシベリアにかけて発見される,石製や象牙製の乳房や腹部,臀部を極端なほど強調したいわゆるビーナス像がそれである。材質に違いはあるものの,ヨーロッパや西アジアの土偶と同様の願いをこめた女性像である。土偶は新石器時代に入って広く製作されるようになったが,チェコスロバキアのドルニ・ベストニツェのオーリニャック期の住居址からは,明らかに粘土を焼いて作ったビーナス像が出土しており,これが世界最古の土偶である。メソポタミアでは新石器時代初頭の土器のまだ現れない時期に,すでに女性像や人間の頭を表現した土偶があり,ハラフ文化期には足をそろえてうずくまった写実的な女性像と,より抽象化された土偶とがある。ウバイド文化期には蛇のような顔の土偶が特徴的である。エジプトでは先王朝時代に墓に副葬された土偶がある。
日本では土偶は縄文時代草創期になって作られるようになるが,先縄文時代のナイフ形石器に伴ってコケシ形石製品と呼ばれる一種の岩偶が大分県岩戸遺跡から出土しており,また愛媛県上黒岩岩陰遺跡では,長さ5cmほど,幅3cm前後の扁平な緑泥片岩で,長い頭髪や乳房,腰蓑を表現する線刻のある礫が,草創期の隆起線文土器とともに出土している。女性を示す点,土偶との共通性をみせる。現在までのところ,最も古い土偶は茨城県花輪台貝塚などから出土したもので,4~5cmほどの小型で扁平な板状を呈し,人の形態を簡単に整えて顔や手足はなく,粘土粒を貼り付けて乳房を表現している。早期後半までこの形態が続く。前期の土偶も板状ではあるが,地方色がみられるようになり,やや大型化する。中期になると出土数が増加するとともに土偶の形態も多様化し3本指の手を胸にあてた動物のような顔の土偶や,乳児や壺を抱いたり,子どもを背負った土偶などが現れる。東北地方では,両手を広げ脚を省略した十字形の板状土偶が作られ,顔も表現されるようになる。関東から中部地方にかけては,全身像を表現した有脚の立体土偶がある。後期には,それまでほとんど出土していなかった西日本でもみられるようになる。後期の土偶は関東地方を中心に,前半には顔がハート形をしたハート形土偶,中空の円筒に顔をつけた円筒土偶があり,中葉には頭を山形にした写実的な山形土偶となり,後期後半から晩期前半にかけてミミズク土偶と呼ばれる怪異で象徴的な形態の土偶が作られた。西日本では後期中葉から晩期にかけて,簡略な土偶が作られていた。また東北地方の後期には両膝を立てたり,座って腕を組んだりした,きわめて写実的な土偶が分布している。晩期の土偶は東北地方の亀ヶ岡文化のいわゆる遮光器土偶に代表される。これは中空の大型品で頭部には王冠をつけたような装飾があり,眼はエスキモーの遮光器をかけたように表現されている。胴部には亀ヶ岡土器の各期の文様が施されており,土器の変化と対応した土偶の変化が追える。またこの時期には岩偶が遮光器土偶と歩調を合わせて存在する。晩期終末から弥生時代にかけて,なかに初生児骨や歯を収めた容器形土偶が関東西部から中部地方にかけて分布しており,土偶の意味の一つを暗示するものである。
縄文時代の土偶の特徴は,発見例は少ないが,特殊な遺構に伴うもののあること,完全な形で出土することはほとんどなく,破損することが目的で製作されたとも考えられること,また女性,とくに妊娠している姿を写実的に表現したもののあること,などであるが,これらを併せ考えると,土偶の意義や目的は単一ではなかったようである。特殊な遺構で発見された土偶は,土壇や台石の上に置かれていたとみなせるもの(新潟県栃倉遺跡),土器片や石で囲ったなかに置かれていたもの(千葉県加曾利貝塚,岩手県雨滝遺跡,山梨県中谷遺跡など),石囲いに蓋石をのせる例(山形県杉沢遺跡,群馬県郷原遺跡)などがある。これらはなんらかの儀式や葬制に関連する役割を考えられるし,破損されるのはけがや災害の身代りに託しての祈りに関係するであろう。また,女性像であることは,出産に仮託して豊かな収穫を祈るものであろうことなど,多彩な役割や意義が土偶にはあったと考えなければなるまい。
執筆者:鷹野 光行
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広義には土製の人形をいう。古墳時代の埴輪(はにわ)も、かつて埴輪土偶とよばれていた。普通は、縄文時代の人形の土製品をさす。縄文時代の比較的早い時期に出現し、以後一貫して各時期に存続する。この時代の代表的遺物の一つである。弥生(やよい)時代には、確実に土偶といえるものはみられない。
粘土を焼いてつくったもので、大きなものは高さ40センチメートルを超える例がある。多くは10~30センチメートルほどの大きさ(身長)である。全体の形、各部分の表現、文様のあり方などは、時期的・地域的な違いが目だつ。早期に属する土偶は、顔面や手足が省略されているが、乳房がはっきりと認められ、女性像とみて間違いない。いたって素朴なつくりで、高さ4~5センチメートル前後のものである。板状を呈する。茨城県花輪台(はなわだい)貝塚の出土品などが有名であるが、発見例は少ない。前期の土偶も、早期のものとほぼ同様であり、写実性を欠く。中期の段階になって、目・鼻・口などを表し顔面をかたどったもの、また腹部が膨らんで妊娠の状態を表したものなど、縄文土偶らしい特徴が表れる。形状は変化に富む。乳児を抱いて座った姿勢のもの、また乳児を背負ったかっこうの土偶なども知られている。また、3本指の手、三つ口を思わせるもの、つり上がった目など異様な表現もみられる。土偶のもつ呪術(じゅじゅつ)的な面が強調されたのであろう。後期には、全国的に普及発達をみせる。たとえば茨城県立木(たちき)貝塚(後期)などからは、おびただしい数の土偶が発見されており、その異常さに関心がもたれる。またそれまで発見例の乏しかった近畿地方以西の地にも、出土品は増える。しかし、いずれも写実性に欠けている。
関東地方の場合には、おおむね次のような変遷が知られている。後期の初め(堀之内(ほりのうち)式土器の時期)には、手足を表現しない筒形土偶、ハート形の顔面を特徴とするタイプのものなどがつくられる。次の加曽利(かそり)B式土器の時期には山形土偶が出現する。これには比較的写実性の認められるものがある。後期の終わりごろ(安行(あんぎょう)Ⅱ式土器の時期)には、丸い目と「とさか状」の頭部を特徴とする「みみずく形土偶」が登場する。晩期になると、東北地方を中心に発達した亀ヶ岡(かめがおか)式土器に伴う遮光器形土偶が代表的なものとしてあげられる。かつて遮光器をかたどったと考えられたことがあるように、目の表現が特徴的であり、また精巧、中空のつくりである。縄文時代の最終末ないし直後には、中部・関東地方の一部に容器形土偶が現れる。中空であり、頭部が開口している。内部に幼児骨の納められた例が報告されている。この容器形土偶は、もっぱら弥生時代の中期の段階に、東北地方南部から関東北部にかけて普及した人面付土器へ変化発展していったと考えることができる。
土偶は、単なる飾り物や玩具(がんぐ)などではない。縄文時代人の内面的な生活に深いかかわりをもつものであったろう。乳房や妊娠した状態は、女性とりわけ母性を意識したものである。このことから、動植物の繁殖、豊饒(ほうじょう)を祈願することなどに結び付ける考えがある。また、土偶が完全な形で発見される場合はきわめて少なく、たいていどこかの部分が欠損している。これについては、病気やけがなどの身代りであったとする解釈が聞かれる。その欠けた箇所をアスファルトで接着した例が知られている。さらに、土偶が遺骸(いがい)を埋葬した墓壙(ぼこう)内から出土した例も報告されている。この場合には副葬品ということになろうが、どんな意味が込められていたのであろうか。
[岡本 勇]
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縄文時代に製作された人間をかたどる土製品の総称。縄文人の信仰・呪術・祭祀と深くかかわる呪物で,縄文文化特有の遺物だが,具体的な用途は解明されていない。早期前半の関東地方に発生した最古の土偶は,三角形または糸巻形の粘土板に乳房をつけた小型の抽象形土偶である。全体に早・前期の土偶は抽象的で,数量も少ない。中期以降には有脚立像形の写実的な土偶が発達するとともに,製作量が増加。土偶には大型・小型,抽象・写実,立像・蹲踞(そんきょ)像などの種類があり,約70の型式に分類されるが,多くは東日本の中~晩期に発達した。後期の筒形土偶・ハート形土偶・山形土偶・みみずく土偶,晩期の遮光器(しゃこうき)土偶・有髯(ゆうぜん)土偶などは,独特な造型で著名。
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