日本歴史地名大系 「中鶴村」の解説 中鶴村なかづるむら 熊本県:水俣市中鶴村[現在地名]水俣市中鶴中尾(なかお)山の北方、水俣川右岸にあり、上流に気子(けご)村と渡野(わたりの)村、下流に出野(いでんの)村・長野(ながの)村がある。寛永一〇年(一六三三)の人畜改帳に「水俣内深河村」の小村として村名がみえ、屋敷数四、男一〇・女六、牛一・馬三が記される。同一六年の葦北郡地侍御知行割帳(徳富文書)にも「深川村内中村」とあり、地侍一名がみえる。水俣手永に属した。明治七年(一八七四)中鶴・気子・市渡瀬(いちわたぜ)・仁王木(におぎ)・桑生(くわはえ)の五村が合併して市渡瀬村となるとあるが、同八年の大区小区制では第一三大区第一〇小区のうちに中鶴村・市渡瀬村が同時に存在しており、また同九年には渡野村・中鶴村が合併して中鶴村となっている(熊本県市町村合併史)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by