日本歴史地名大系 「久々湊村」の解説 久々湊村くぐみなとむら 富山県:新湊市久々湊村[現在地名]新湊市久々湊・奈呉の江(なごのえ)東神楽(ひがしかぐら)川の下流に沿い、野村津幡江(のむらつばたえ)村の北方に位置。村名はかつて当地が放生津(ほうじようづ)潟でその湊を久々比湊と称していたことによるという説と、鵠(白鳥)が飛来し久々が鵠とよばれていたことによるとする説がある。応永二〇年(一四一三)東寺造営料棟別銭賦課の免除地として山城石清水(いわしみず)八幡宮領の「くゝミなと」がみえる(同年一二月一一日「越中国棟別銭免除在所注文」東寺百合文書など)。慶長九年(一六〇四)一二月一三日の前田利長判物(有賀家文書)に「くゝみなと村」とみえ、当村などの蔵米代官が有賀直治に命じられている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by