久保田邑(読み)くぼたゆう

日本歴史地名大系 「久保田邑」の解説

久保田邑
くぼたゆう

佐賀藩親類四家の一つ村田家の所領地

竜造寺政家(隆信の子)が佐賀郡太俣ふとまた(現久保田町内)に天正一八年(一五九〇)隠居。のち政家の子高房は慶長一二年(一六〇七)に死去したが、高房の子初法師(伯庵)嫡子でないため家督を相続できず、高房の実弟安良が父政家の遺領を継いで、村田姓を名乗る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む