久保田邑(読み)くぼたゆう

日本歴史地名大系 「久保田邑」の解説

久保田邑
くぼたゆう

佐賀藩親類四家の一つ村田家の所領地

竜造寺政家(隆信の子)が佐賀郡太俣ふとまた(現久保田町内)に天正一八年(一五九〇)隠居。のち政家の子高房は慶長一二年(一六〇七)に死去したが、高房の子初法師(伯庵)嫡子でないため家督を相続できず、高房の実弟安良が父政家の遺領を継いで、村田姓を名乗る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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