久兵衛新田(読み)きゆうべえしんでん

日本歴史地名大系 「久兵衛新田」の解説

久兵衛新田
きゆうべえしんでん

[現在地名]宇佐市久兵衛新田

北鶴田きたつるだ新田の北にあり、同新田と同じく、寄藻よりも川河口の西側、松崎まつさき村東方地先を埋立てて成立した。ほかの周防灘沿岸部の諸新田と同様に日田の郡代塩谷正義による見立新田で、同じく日田の掛屋広瀬久兵衛が引請人となって開発された。天保七年(一八三六)の久兵衛新開凡取調帳(広瀬家文書)などによると、着工は文政一〇年(一八二七)九月、竣工は同一三年。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

7月10日は東京・浅草観音(あさくさかんのん)(浅草寺(せんそうじ))の結縁(けちえん)日で四万六千日という。この日に参詣(さんけい)すると4万6000日参詣したのと同じ功徳(くどく)があるといって信...

ほおずき市の用語解説を読む