久枝城跡(読み)ひさえだじようあと

日本歴史地名大系 「久枝城跡」の解説

久枝城跡
ひさえだじようあと

[現在地名]宇和町久枝

「宇和旧記」久枝村の項に「久枝城、又水が森共云、久枝卯之町境に在り、此水が森と云事は、黒瀬城へ水を汲故なり」とあるが、城跡は残っていない。

同書は城主を宇都宮越前守有綱、その子は久枝又左衛門興綱といい、久枝に屋敷を構えていたという。「清良記」は久枝又左衛門弘綱とし、西園寺公広執事で宇都宮党を称したという。「宇和旧記」は天正一三年(一五八五)一一月五日付の久枝又左衛門尉宛の小早川隆景書状、長宗我部元親の同人宛の披露状(六月二日付、年代不明)などを載せる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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