久米ヶ城跡(読み)くめがじようあと

日本歴史地名大系 「久米ヶ城跡」の解説

久米ヶ城跡
くめがじようあと

[現在地名]飯田市久米

竹佐(たけさ)・久米・伊豆木(いずき)の境にそびえる城(じよう)山(七三三メートル)の山頂に立地。山頂を平らに削り、ここに本郭、西方の竹佐に面した側に出郭、同じく箱川(はこがわ)に面した一段低い所に細長い二の郭を造り、本郭と出郭の間に深く掘り切った空堀がある。本郭より四町ほど下った所に、蔵屋敷(くらやしき)という平場があり、そこから焦米が発見される。水の手は更に二町くらい下った所にある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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