久米ヶ城跡(読み)くめがじようあと

日本歴史地名大系 「久米ヶ城跡」の解説

久米ヶ城跡
くめがじようあと

[現在地名]飯田市久米

竹佐たけさ・久米・伊豆木いずきの境にそびえるじよう(七三三メートル)の山頂に立地。山頂を平らに削り、ここに本郭、西方の竹佐に面した側に出郭、同じく箱川はこがわに面した一段低い所に細長い二の郭を造り、本郭と出郭の間に深く掘り切った空堀がある。本郭より四町ほど下った所に、蔵屋敷くらやしきという平場があり、そこから焦米が発見される。水の手は更に二町くらい下った所にある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む