久茂村(読み)くもむら

日本歴史地名大系 「久茂村」の解説

久茂村
くもむら

[現在地名]小野市久茂町

加古川左岸の標高約三〇メートルの河岸段丘西端に立地し、下大部しもおおべ村の北に位置する。耕地は加古川に接する沖積地を中心に広がる。中世は大部庄に含まれ、くも村などと記される。慶長六年(一六〇一)一一月三日、津田源次郎は池田輝政から「くも村」など四ヵ村で都合一千二〇〇石を与えられている(「津田与四郎家譜」鳥取県立博物館蔵)。慶長国絵図にも「くも村」とある。江戸時代の領主の変遷は門前もんぜん村に同じ。正保郷帳では田方八一石余・畑方二八石余。延享三年(一七四六)の田方四町八反余・畑方三町九反余(「田畑御改帳」久茂町有文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む