下大部村(読み)しもおおべむら

日本歴史地名大系 「下大部村」の解説

下大部村
しもおおべむら

[現在地名]小野市下大部町・田園町でんえんちよう

片山かたやま村の北西に位置し、加古川左岸の標高約三〇メートルの河岸段丘南西端に立地する。耕地段丘面と加古川に接する沖積地を中心として広がる。対岸万願寺まんがんじ川が加古川に合流する地点で、当村の低地ではしばしば洪水の害に悩まされた。室町時代には大部庄に含まれ、庄域の南西に位置した。地名は大部庄の下位にあたる地域の呼称で、永享一二年(一四四〇)一〇月日の大部庄公事物帳(東大寺文書)に六郎次郎以下、下大部を冠する五人の名がみえ、「下」を冠する三人の百姓もみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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