日本歴史地名大系 「久野古墳群」の解説 久野古墳群くのこふんぐん 神奈川県:小田原市久野村久野古墳群[現在地名]小田原市久野 諏訪の原箱根外輪山の明星(みようじよう)ヶ岳東裾から足柄(あしがら)平野に突出した久野(くの)諏訪の原(すわのはら)丘陵上を中心とする古墳後期の小円墳からなる群集墳。久野百塚とよばれ、数多くの古墳が存在したようであるが、第二次世界大戦後の開墾などで破壊され、現在は坂下上(さかしたかみ)にある一号墳や一本松(いつぽんまつ)の二号墳、花立松(はなたてまつ)の四号墳や一五号墳などを中心とした丘陵上と中宿(なかじゆく)・中久野(なかくの)・下宿(しもじゆく)などの南側の低地を中心に四十数基が残存している。一号墳は丘陵の先端、酒匂(さかわ)平野を一望できる位置にあり、原形をよくとどめ「百塚の王」とよばれるにふさわしい威容を誇っている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報