久須美村(読み)くすみむら

日本歴史地名大系 「久須美村」の解説

久須美村
くすみむら

[現在地名]飯能市久須美

永田(ながた)村の西に位置し、西は小瀬戸(こせど)村。永禄五年(一五六二)五月一九日、北条氏照は宮寺与七郎に「葛見」の二貫文などを安堵しているが(「北条氏照判物」大江家文書)、この葛見は当地のことであろう。同八年六月八日の北条氏照印判状(細田文書)によると、これより前に宮寺与七郎が長田(永田)は「くすミの内」と主張、事の是非を糾明するため長田の百姓二名に滝山(たきやま)城(現東京都八王子市)へ登城するよう命じている。田園簿に久須見村とみえ、高は田方五石余・畑方四二石余、幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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