乙次則持村(読み)おとじのりもちむら

日本歴史地名大系 「乙次則持村」の解説

乙次則持村
おとじのりもちむら

[現在地名]豊浦町乙次(おとじ)

真木(まぎ)山の北麓に位置し、北は中目(なかのめ)村、南は飯塚(いいづか)村。慶長一〇年(一六〇五)の新発田藩の給知方村々高目録(新発田市史資料)に毛付三〇三石一斗余・荒一六四石二斗余と記される。正保国絵図には一七〇石余とあり、寛文七年(一六六七)と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)によれば川北組に属し、家数二三・人数一四九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む