乙金村(読み)おとがなむら

日本歴史地名大系 「乙金村」の解説

乙金村
おとがなむら

[現在地名]大野城市乙金一―三丁目・大城おおき一―三丁目・乙金台おとがなだい一―三丁目・川久保かわくぼ二―三丁目・大池おおいけ一―二丁目・乙金東おとがなひがし一―四丁目・なか三丁目・乙金

中村の東、乙金山の西・北の麓にある。東は糟屋かすや炭焼すみやき(現宇美町)、北は同郡井野いの(現同上)。北のから(現井野山)の南の谷間を通り、ひきき嶺を越えて糟屋郡宇美うみ河内へ出る小路がある(続風土記)。また水城みずき(現太宰府市)から当村を通り席田むしろだ郡を経て糟屋郡に通じる小路は、慶長五年(一六〇〇)田中吉政が筑後入国の際に通ったというので田中たなか道とよばれた(続風土記附録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ローマ法王ともいう。ラテン語 Papaの称号はカトリック教会首長としてのローマ司教 (教皇) 以外の司教らにも適用されていたが,1073年以後教皇専用となった。使徒ペテロの後継者としてキリスト自身の定...

教皇の用語解説を読む