中村(読み)なかむら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中村
なかむら

高知県南西部,四万十市南部の旧市域。四万十川下流域,中村平野の東部にある。 1954年中村町,下田町の2町と東山村など9村が合体して市制。 2005年西土佐村と合体して四万十市となる。交通の要地で,農林産物を集散,下田港 (→下田 ) から積み出す。中心市街地は応仁の乱 (1467~77) を避けて京都から下向した一条教房の開府により発達。碁盤目状の街路や大文字焼きなどに名残りがみられる。平野部では米,野菜,イグサ,果樹を栽培。四万十川ではアユなどの養殖漁業が行なわれる。八束のクサマルハチ自生地は国の天然記念物。

中村
なかむら

福島県北東部,相馬市の中心市街地。慶長16(1611)年相馬氏仙台藩に対抗して,南方の小高城より居城を移転,以来中村城(馬陵城)の城下町として発展。相馬地方の行政の中心をなす。繊維,電機,精密機械などの工場があり,相馬駒焼を特産。相馬中村神社の相馬野馬追いは有名。

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デジタル大辞泉の解説

なかむら【中村】[高知県の旧市名]

高知県南西部、四万十(しまんと)川下流にあった市。応仁2年(1468)一条教房(いちじょうのりふさ)が土佐の国司として居を構えた地。米・イグサの産地。平成17年(2005)西土佐村と合併し四万十市となる。→四万十

なかむら【中村】[名古屋市の区]

名古屋市の区名。豊臣秀吉の生地。

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百科事典マイペディアの解説

中村【なかむら】

陸奥国宇多郡にあった相馬藩中村城の城下町で,現在の福島県相馬市の中心地にあたる。《和名抄》記載の宇多郡仲村郷の遺称地。1335年結城宗広が勲功の賞として宇多荘を与えられ,南朝方の拠点となったが,1337年以後は北朝方の相馬氏の支配下に入った。1602年相馬三胤(利胤)が本領6万石を安堵され,1611年北の伊達氏に対する備えとして中村城を築き,相馬氏代々の居城とした。築城とともに城下の町割りも進められた。1870年中村城は廃され,旧城下は中村・中野村・西山村にまたがる町場となり,1889年この3ヵ村が合併して中村町となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

なかむら【中村】

陸奥国宇多郡の城下町で,現在は福島県相馬市(1954市制)の中心地区をなす。《和名抄》に宇多郡仲村郷があり,801年(延暦20)坂上田村麻呂が蝦夷出兵のとき,西館(現在の中村城跡の西部一帯)に菅原啓実が館を構えていたと伝えられる。その後1323年(元亨3)相馬重胤が,下総国から行方(なめかた)郡太田(現,原町市太田)に移って当地をおさめた。その後,1611年(慶長16)7月相馬利胤のとき,幕府から所領を安堵されたこともあって,木幡勘解由長清に命じて築城を開始し,11月に完成,12月2日小高城より移って,相馬氏代々の拠城とした。

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大辞林 第三版の解説

なかむら【中村】

高知県南西部、四万十しまんと市の地名。中世以降、土佐国西部の中心。イグサ・ナシ・パルプ材などの農林産物の集散地。

なかむら【中村】

姓氏の一。

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日本の地名がわかる事典の解説

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世界大百科事典内の中村の言及

【相馬[市]】より

…弥生時代,古墳時代の遺跡が多く,古くから開発されていたものと思われる。中世以後,相馬氏の領有するところとなり,1611年(慶長16)相馬利胤(としたね)が中村に馬陵城を築き,城下に家臣を住まわせて以来,相馬氏6万石の城下町として発達した。明治維新後,町勢は一時衰えたが,現在は常磐線,国道4号,113号,115号線が通じ,相馬地方北部の中心地となっている。…

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