九町分村(読み)くちようぶんむら

日本歴史地名大系 「九町分村」の解説

九町分村
くちようぶんむら

[現在地名]上峰村大字江迎えむかい九丁分くちようぶん

平地に立地し、東部・南限を切通きりどおし(この辺りで九丁分川という)が流れる。有明海潮位はここまで感ずる。

慶長一六年(一六一一)の鍋島勝茂知行宛行状(坊所鍋島家文書)に「九町分百八石四斗六升」とみえ、正保絵図には「九丁分村」とみえる。条里制遺称の五坪ごのつぼという地名があって、この地域が早くから開発されていることがわかる。慶長一六年検地の高は二一七石九斗一升(坊所郷検地帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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