二之池新田(読み)にのいけしんでん

日本歴史地名大系 「二之池新田」の解説

二之池新田
にのいけしんでん

[現在地名]浅羽町富里(とみさと)

旧原野谷(はらのや)川跡である古川(ふるかわ)溜池のうちの二之池(二番溜池)の開発地。天保郷帳では高二一石余、旧高旧領取調帳には戸場野(とばの)村地先と記され、幕府領。古川は周辺村々の用水として利用されてきたが、明和七年(一七七〇)に二之池、三之(さんの)池(現福田町)の新開を願う者が出て相論となり(「二之池・三之池新開嘆願書」浅羽一色自治会文書)、安永三年(一七七四)小島方(こじまがた)・中野(なかの)(現福田町)、戸場野・西(にし)ヶ崎(さき)・湊(みなと)・一色(いつしき)の六ヵ村の請負新田として三ヵ年間田方に開発し、四年目に検地を行うとする裁許が下された(「二之池・三之池新開願裁許状写」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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