二重統治体制(読み)にじゅうとうちたいせい

旺文社世界史事典 三訂版 「二重統治体制」の解説

二重統治体制
にじゅうとうちたいせい

遊牧民農耕民を制度的に分けて統治した遼の体制
遼は936年に燕雲十六州を獲得して以来遊牧・農耕両生活様式の住民を統治するために始めた。契丹人など遊牧民には固有の部族制で統治する官庁(北面官)を,漢人や渤海人など農耕民には中国在来の州県制で統治する官庁(南面官)をそれぞれ設けて統治した。また,金もその統治の前半には,猛安謀克と州県制により,同様な統治体制をとった。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む