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于右任 う ゆうじん

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美術人名辞典の解説

于右任

清末・民国の政治家・書家。陝西省三原生。名は伯循、右任は字。日本に留学中、孫文と会い、以後中国民主革命の先駆者として活躍した。民国成立後、交通部次長・陜西省靖国軍総指令・国民政府委員を経て、審計院院長・監察院院長を歴任。民国38年国民政府と共に台湾に移った。詩文を能くした。民国53年(昭和39・1964)歿、86才。

于右任

清末・民国の政治家。陜西省三原生。名は伯循、右任は字。光緒27年の挙人。民国成立後、交通部次長・陜西省靖国軍総指令・国民政府委員を経て、審計院院長・監察院院長を歴任する。詩文を能くした。民国53年(昭和39)歿、86才。

出典|(株)思文閣
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

于右任
うゆうじん / ユイユーレン
(1879―1964)

中国の政治家、国民党の元老。字(あざな)は伯循(はくじゅん)。陝西(せんせい/シャンシー)省三原(さんげん/サンユワン)の人。挙人であったが、日本に留学し、1906年(明治39)中国同盟会に入会した。帰国後『神州日報』『民立報』などで清(しん)朝批判を展開した。民国成立後1912年南京(ナンキン)臨時政府の交通部次長となったが、袁世凱(えんせいがい)が大総統となると反袁運動を展開した。1924年の国共合作では国民党中央執行委員となり、孫文(そんぶん/スンウェン)死後は国民党右派の指導者として活躍し、1930年監察院長となり、以後党内の要職を歴任。1964年11月台北で死去した。書家としても有名である。[阿川修三]

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