日本歴史地名大系 「五丁目蔵跡」の解説
五丁目蔵跡
ごちようめぐらあと
菅江真澄の「さくらかり」に「五丁目橋より旭川を渡れば、橋左の河岸は柳生ひふたぎて、いとくらき中に、
天明四年(一七八四)九月の「町触」(秋田藩町触集)には「五町目御米蔵役弐人」に「同物書弐人」とみえ、寛政一〇年(一七九八)九月四日の「町触」(同書)には「五町目御米蔵役、去年中より御改に付、請払両役被仰付候」とあって、御米蔵受取役と御米蔵御払役に分れ、蔵米の収納・扶持米の支給の行われたことを示している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報