五十海村(読み)いかるみむら

日本歴史地名大系 「五十海村」の解説

五十海村
いかるみむら

[現在地名]藤枝市五十海一―四丁目・天王町てんのうちよう一丁目・同三丁目・本町ほんまち一丁目・藤岡ふじおか五丁目・五十海

東海道藤枝宿の北に位置し、葉梨はなし川中流右岸の低湿地に立地する。村の南側は長楽寺ちようらくじ町として宿場の一部を構成していた。志太しだ郡に属する。寛元五年(一二四七)二月一六日の北条時頼寄進状写(走湯古文一覧)伊賀留美いかるみ郷とみえ、このとき時頼から伊豆国走湯山(伊豆山神社)へ郷内の水田五町が寄進され、これに基づいて宝治元年(一二四七)八月八日には同郷の所当米が寄進された(「北条時頼寄進状写」同一覧)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む