五千石村
ごせんごくむら
[現在地名]分水町五千石・五千石荒川
東を西川が北へ流れ、北東は地蔵堂町、南東は三島郡大川津村。近世は三島郡に属した。大正一一年(一九二二)の大河津分水(新信濃川)完成により、同分水が村を貫流することとなった。当村は寛永年間(一六二四―四四)日野浦村(現三島郡和島村)の平沢源之丞によって開発されたといわれ、初め五人新田と称された。正保国絵図では高一六一石余、幕府領に属する。承応二年(一六五三)源之丞の開発した一二ヵ所の新田の高にちなみ、五千石村と改称することを許可された(分水町史年表)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 