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井伊谷藩 いいのやはん

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

井伊谷藩
いいのやはん

遠江(とおとうみ)国引佐(いなさ)郡井伊谷(現、浜松市北区引佐町)に置かれた譜代(ふだい)藩。1619年(元和5)近藤秀用(ひでもち)が1万石で入封、のち加増で1万7000石となる。秀用は徳川家康の遠州入りに尽力した一人で、大坂の役で活躍。1631年(寛永8)秀用の死に臨み、所領を一族の金指(かなさし)近藤(3000石)、気賀(きが)近藤(5300石)、花平(はなだいら)近藤(500石)と、本家筋の井伊谷近藤に分与し、さらに気賀近藤が大谷(おおや)近藤(2000石)と分かれて五近藤(旗本)となり、藩を解体した。[渡辺和敏]

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世界大百科事典内の井伊谷藩の言及

【遠江国】より

…久野藩は03年松平重綱が転封,さらに40年(寛永17)に北条氏重が転封して廃藩となった。また19年(元和5)に近藤秀用が1万石で入封して一時井伊谷(いいのや)藩が成立するが,一族5人に分知し,旗本五近藤となり,2年後には廃藩となった。さらに1710年(宝永7)には本多忠晴が1万5000石で入封して相良藩が成立,同藩は58年(宝暦8)に田沼意次が入封して大いに発展するが,その失脚とともに一時廃藩,その後再度田沼氏が入って幕末に至った。…

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