朝日日本歴史人物事典 「井口常憲」の解説
井口常憲
江戸中期の天文暦学者。前田甚右衛門という人の弟子で,京都二条通に住み鮫屋三五郎といった。のち井口新七と改め七条で医師となった。その著『天文図解』(1689)の自序によれば,幼より算術を好み,暦書を集め諸書の枢要をとり自らの意見を加えて著したという。暦学をも含めた中国流の一般天文の解説書で,公刊された天文書で仏説天文の須弥山説までを紹介論評している最初のものである。当時の著明な暦学者の中根元圭は『天文図解発揮』を著し常憲の誤りを批判している。井口はまた,元禄11(1698)年『天象北星之図』『天象南星之図』という各1枚の図を刊行している。
(内田正男)
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