井手分村(読み)いでぶんむら

日本歴史地名大系 「井手分村」の解説

井手分村
いでぶんむら

[現在地名]鹿島市大字納富分のうどみぶん字井手分

石木津いしきづ(井手分川)の北部に位置する。この地は昭和の初めまで桑畑地帯であり、弥生から古墳時代に至る土器片が表面採集されている。正保絵図に村名がみえる。

村の北方山王さんのう社には小祠があり、四月の第一申の日には山王祭が行われる。現在の公民館の地は昭和初年まで天満宮があったが、今は「天子宮 貞享□稔□□吉日」と記した石祠が一基あるだけである。

江戸時代は鹿島支藩に属し、侍二、歩行一、小道具一の武士が住んでいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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