京橋一丁目(読み)きようばしいつちようめ

日本歴史地名大系 「京橋一丁目」の解説

京橋一丁目
きようばしいつちようめ

[現在地名]東区京橋一丁目

京橋南詰西方一町ほどから、大川筋浜通に面して西に延びる片側町で、南は東町奉行所。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図町名がみえる。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数一六・役数二〇役で、うち年寄分一役が無役。年寄は大庭屋六郎兵衛。元和二年(一六一六)淀屋个庵屋敷で青物市場が復活している(→京橋。同年大坂三町人の一人で、大坂城付の大工山村与助が山城伏見ふしみより移転、のち釣鐘つりがね町に転出した(大阪市史)。享保九年(一七二四)三月の妙知焼により、本堺もとさかい町、相生東町・同西町(現都島区)の一部とともに火除地として収公され、道頓堀吉左衛門どうとんぼりきちざえもん(現南区)の裏へ替地となり本京橋もときようばし(現同上)と改称した(「藤井善八覚書」大阪市史編纂所蔵ほか)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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