京橋白魚屋敷(読み)きようばししらうおやしき

日本歴史地名大系 「京橋白魚屋敷」の解説

京橋白魚屋敷
きようばししらうおやしき

[現在地名]中央区銀座(ぎんざ)一丁目

京橋川南岸に東西に延びる。北は三年(さんねん)橋の架かる同川沿いの河岸、東は三十間(さんじつけん)堀沿いの河岸、南は京橋水谷(きようばしみずたに)町と同堀沿いの河岸、西は京橋与作(きようばしよさく)屋敷に囲まれる。京橋水谷町に接する区画の北側に京橋金六(きようばしきんろく)町が挟まれている。北東端には京橋川対岸本材木(ほんざいもく)町八丁目との間を結ぶ牛草(うしのくさ)橋(白魚橋)が架かる。安永三年小間附町鑑によると、白魚屋敷は京橋を挟んで東西に分れ、西の方は北紺屋(きたこんや)町の立跡、東は京橋水谷町二丁目・芝口金六(しばぐちきんろく)町立跡で、この東西立跡を拝借地として白魚屋敷としたとあり、当町は東の白魚屋敷にあたる。


京橋白魚屋敷
きようばししらうおやしき

[現在地名]中央区京橋三丁目

京橋北紺屋(きようばしきたこんや)町の東にあり、北は畳(たたみ)町・南伝馬(みなみでんま)町三丁目、南は京橋川沿いの河岸地、東は京橋北畔に面する。京橋白魚屋敷は京橋を挟んで東西に分れ、西方北紺屋町立跡に成立したのが当町で、享保一三年(一七二八)に白魚・小魚を献上する白魚役を勤める網役一二人が屋敷地を拝領して成立(明治一二年「回議録」佃島と白魚漁業)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

10月14日。明治5年(1872)10月14日、日本最初の鉄道、新橋~横浜間が開通した日にちなむ。[補説]大正11年(1922)鉄道省により鉄道記念日として制定。平成6年(1994)、運輸省(現国土交...

鉄道の日の用語解説を読む