仁太坊(読み)ニタボウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

仁太坊
ニタボウ


職業
津軽三味線奏者

本名
秋元 仁太郎(アキモト ニタロウ)

生年月日
安政4年

出生地
陸奥国(青森県 金木)

経歴
女盲の三味線弾きの子として生まれ、8歳のとき天然痘で失明し、11歳で両親を失う。この頃、はぐれ瞽女と出会い、その後をついて回って瞽女の芸を覚えたという。廃藩置県の明治4年には14歳でいっぱしの三味線弾きになっており、以後“坊様”と呼ばれる門付け芸人として生計を立てた。芸の面では旧習を打ち破って太棹による力強い叩き奏法を編み出し、さらに1人で8人分の芸を演ずる八人芸を創作した。今日、三味線における現代音楽として成立している津軽三味線の系譜をたどれば、仁太坊に行き着くとされる。

没年月日
昭和3年 1月2日 (1928年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

関連語をあわせて調べる

今日のキーワード

未必の故意

犯罪事実の発生を積極的には意図しないが、自分の行為からそのような事実が発生するかもしれないと思いながら、あえて実行する場合の心理状態。→故意[補説]作品名別項。→未必の故意...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android