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瞽女 ごぜ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

瞽女
ごぜ

三味線を弾き歌をうたって渡世する目の見えない女性のことで,特に室町時代以後,遊芸者として各所を巡遊した者についていわれる。頭に統率され,数名グループを成して遊歴するのが普通であった。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

瞽女

呼び名は、室町時代末からとも、江戸時代からとも言われる。女の集団を「組」と呼び、長岡瞽女のような呼び名で、高田、刈羽、三条、新飯田など多くの組があった。目が少し見える「手引き」を先頭に3人一組で旅に出て、県内や関東、信州、東北を回った。 最盛は明治初期で、衰退の要因は複数指摘される。衛生面の改善や医学の進歩で盲目の人が減ったほか、職業教育の充実で盲目の人々の仕事が増えた。大衆娯楽の多様化は、瞽女のニーズを低下させた。長岡瞽女の最後の春旅は1977年だった。

(2017-06-28 朝日新聞 朝刊 新潟全県・2地方)

瞽女

呼び名は、室町時代末からとも、江戸時代からとも言われる。瞽女の集団を「組」と呼び、長岡瞽女のような呼び名で、高田、刈羽、三条、新飯田など多くの組があった。目が少し見える「手引き」を先頭に3人一組で旅に出て、県内や関東、信州、東北を回った。 最盛は明治初期で、衰退の要因は複数指摘される。衛生面の改善や医学の進歩で盲目の人が減ったほか、職業教育の充実で盲目の人々の仕事が増えた。大衆娯楽の多様化は、瞽女のニーズを低下させた。長岡瞽女の最後の春旅は1977年だった。

(2017-06-28 朝日新聞 朝刊 新潟全県・2地方)

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百科事典マイペディアの解説

瞽女【ごぜ】

三味線をひき歌をうたい,時には踊りもして渡世する盲目の女芸人。小集団で諸国をめぐり,各地に瞽女屋敷も設けられた。室町時代に現れ,元禄期に盛行したが,次第に門付(かどづけ)の一種になった。
→関連項目盲人

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世界大百科事典 第2版の解説

ごぜ【瞽女】

三味線を弾きながら,歌や物語を聞かせて金品を得る盲目の女芸人。盲御前(めくらごぜ)ともいう。すでに室町時代から知られ,鼓を打って《曾我物語》などを語った。近世に入って諸国を巡り,家々の前に立ったり座敷に招かれたりして,三味線を弾き,民謡や俗曲,当時の流行歌(はやりうた)などを歌って米や金を得ていた。瞽女は地域によって組織を作り,旧幕時代には城下に瞽女屋敷や長屋を与えてその保護に努めた大名もあった。通常,瞽女は3人,5人と群れをなして歩いたが,その順路や日程も毎年定まっていた。

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大辞林 第三版の解説

ごぜ【瞽女】

〔「盲御前めくらごぜ」の略〕
盲目の門付かどづけ女芸人。鼓・琵琶などを用いて語り物を語ったが、江戸時代以降、三味線の弾き語りをするようになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

瞽女
ごぜ

盲目の女性旅芸人。三味線を弾き、歌を歌って門付(かどづけ)をしながら、山里を巡行し暮らしをたてた。「ごぜ」の名は、中世の盲御前(めくらごぜ)から出たといわれるが確証はない。座頭のような全国的組織はもたず、地方ごとに集団を組織して統率するとともに、一定の縄張りを歩くことが多かった。近世の諸藩では、駿府(すんぷ)(静岡市)や越後(えちご)の高田、長岡などのように、瞽女屋敷を与えてこれを保護し、集団生活を営ませることによって支配する所もあった。
 今日わずかに命脈を伝える越後の高田瞽女からの聞き書きによれば、高田では親方とよばれる十数人の家持ちの瞽女がいて、親方はさらに座と称する組織を結成し、修業年数の多い瞽女が座元になって座をまとめていたという。仲間内には掟(おきて)があった。違反者は罰せられて追放された。それを「はなれ」といった。「縁起」や「式目」を伝えている所もある。瞽女は3人ないし数人が一団になって巡遊した。娯楽に乏しい山村では大いに歓迎された。昼間は門付に回り、夜は定宿に集まった人々を前に芸を披露した。葛(くず)の葉(は)子別れや小栗判官(おぐりはんがん)などの段物をはじめ、口説(くどき)、流行唄(はやりうた)というように語物(かたりもの)や多くの唄を管理した。近年は昔話や世間話の伝播(でんぱ)者としても注目を集めている。[野村純一]

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世界大百科事典内の瞽女の言及

【民謡】より

…この柳田分類に対して,折口信夫は,柳田のいう民謡を(1)童謡,(2)季節謡,(3)労働謡に分類する以外に,(4)芸謡の存在を挙げている。芸謡は芸人歌のことで,日本では各時代を通じて祝(ほかい)びと,聖(ひじり),山伏,座頭(ざとう),瞽女(ごぜ),遊女などのように,定まった舞台をもたず,漂泊の生活の中で民衆と接触しつつ技芸を各地に散布した人々があり,この種の遊芸者の活躍で華やかな歌が各地に咲き,また土地の素朴な労働の歌が洗練された三味線歌に変化することもあった。瞽女歌から出た《八木節》,船歌から座敷歌化した《木更津甚句》などがその例である。…

【盲人】より

…江戸では大名,武家を相手とする座頭金(ざとうがね)(高利貸)が盛行して巨富を積む盲人も出現し,学問の世界では《群書類従》を編纂した塙保己一(はなわほきいち)が頭角を現した。 他方,近世社会の底辺には三味線を手に浄瑠璃,小歌をうたって都鄙(とひ)をめぐり,あるいは吉凶の門に立ち,米銭を乞う座頭・瞽女(ごぜ)の姿がひろく見られた(当道の官位の一つである〈座頭〉は江戸時代には盲人男子一般をさして用いられた)。季節の折々に来訪する盲人たちは労働に明け暮れる農村に娯楽を運び,村人たちは宿や手引きを提供して彼らを歓待した。…

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