仁王山城跡(読み)におうざんじようあと

日本歴史地名大系 「仁王山城跡」の解説

仁王山城跡
におうざんじようあと

[現在地名]河内長野市天野町

天野(あまの)町と日野(ひの)町の境で、標高約三三〇メートルの山頂部付近に三〇メートル四方の平坦地があり、一部に土塁の遺構が残る。正平七年(一三五二)六月日付和田助氏軍忠状(和田文書)には、同三年正月の四条縄手合戦のあと、幕府方高師泰は河内国東条を攻めて三月一八日・一九日「左美谷口」(現富田林市)の合戦が行われ、次いで「一、同四月廿六日、天野二王山越州(師泰)責登時、随分致軍忠畢」と南朝方楠木正儀の手に属して戦った和泉国の和田助氏の軍忠が記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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