今万場村(読み)いままんばむら

日本歴史地名大系 「今万場村」の解説

今万場村
いままんばむら

[現在地名]大和町万場まんば

万場村の北、長良川右岸の河岸段丘上にある。新万場とも書く。郡上藩による新田開発により寛文二年(一六六二)万場村の北西部が開発され、万場村野方のがた新田といった。同新田は鍬下年季五ヵ年、その後五ヵ年は田二割・畑一割ずつの貢租、その後は田二割五分・畑一割五分の貢租がかけられることになっていた。新田は南は柿ヶ洞から北は曲り淵まがりぶちまでの地である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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